霊と招霊に関するQ&A
6.霊を呼ぶこと
ニューズレター第22号
先祖供養や招霊会では、結果的にあの世にいる先祖の霊を呼び寄せることになります。では死後、どのくらい経ってからならば、死者の霊を呼ぶことができるのでしょうか。どのようにしたら地上から、先祖の霊を呼び寄せることができるのでしょうか。また先祖の霊は、私達地上人の呼びかけに対して、どのように応答してくれるものなのでしょうか。
ここでは、そうした問題について取り上げることにします。
死後どのくらい経ったら、霊を呼ぶことができるのか
死後どのくらい経ったら、死者の霊を招霊できるのでしょうか?
死の直後でも、できないことはありません。しかし死の直後は、霊本人の意識が混乱しているのが普通ですから、まともな対話はできないでしょう。死の直後の地上からの呼びかけは、眠りから覚めたばかりの人間に語りかけるようなものです。したがって招霊は、霊の意識が落ち着くまで、しばらく待った方がいいのです。
もっとも中には早いうちに、地上から意識的に招霊したり、働きかけてやった方がいい場合もあります。死者があまりにも物質的意識が強く、死後の世界の存在を認めず“地縛霊”となってしまう可能性がある場合には、地上から呼び寄せて死んだことを悟らせる方が、よい結果をもたらすことがあります。招霊や正しい先祖供養によって、死後の混乱状態から、早く脱け出すきっかけをつくることができるかも知れません。
地上から呼ばないかぎり、霊は出てこないのか
霊は地上人が意識的に呼ばないかぎり出てこないのでしょうか?
そんなことはありません。霊は呼ばれなくとも、しばしば皆さん方の近くに来ています。自らの意志によってです。何よりも大切なことは、皆さんをはじめ、すべての地上人には例外なく一人の守護霊が付いているということです。皆さんが地上へ誕生して死ぬまで、ずっと付き添っていてくれるのです。この事実を忘れてはなりません。守護霊の存在こそ、地上人にとって最大の霊的関係であり、最高に密接な関係なのです。
守護霊は自ら地上人を守り導いています。守護霊こそ最も身近で、絶えず交流している霊なのです。先祖霊よりも、他のいかなる霊よりも密接なのです。守護霊は皆さんがわざわざ呼ばなくとも、常に寄り添い、皆さんの心の声に耳を傾け「霊的成長」に必要なものを与えようとしてくれているのです。
霊能者でなくとも、霊を呼び出せるのか
守護霊以外の霊は、霊能者でなくとも呼び出すことができますか?
霊に対する誠意があれば、誰にでもできます。ただし呼び出せるのは、自分の霊格以下の霊に限られます。大半の地上人は呼び出された霊の姿を見ることはできませんが、霊はちゃんと近くに来て、皆さん方の声を聞いているのです。他人に語りかけるように、あるいは電話で話をするような感じで誠意を持って呼びかければ、それだけですでに皆さんの声は相手の霊に届いています。地上の携帯電話よりも簡単に語りかけることができるのです。
ただし遊び半分に呼びかけた場合には、低級霊が現れることになります。
審神者 は、どんな霊でも呼び出せるのか
招霊会の司会者 は、どんな霊でも強引に呼び出すことができるのでしょうか?
とんでもありません。霊格の高い霊ないしは同格の霊に対しては、そういう権限は許されていません。許されているのは、霊格の低い霊に対してだけです。ただしそれも、招霊することがその霊にとって有益である場合に限られます。したがってもし、「自分はどんな霊でも呼び出せる」というようなことを公言する
会いたいと思っている霊が出現しないことがあるのはどうしてか
地上人が霊を呼び寄せる場合、会いたいと思っている人が出現せずに、関心のない人、思ってもいなかった人が現れることが多いのは、なぜでしょうか?
地上人がいくら会いたいと思っても、霊によっては姿を見せる力を持っていないことがあります。それが霊にとっての試練である場合があります。地上サイドでは関心があっても、霊界サイドでは全く関心がない場合もあります。善霊は、地上人の霊的成長にとってマイナスになると判断したときには、地上人がいくら願ってもそれを聞き届けることはありません。地上人が会いたいと思っている霊の出現を意図的に差し止めることもあるということです。こうした問題については厳格にコントロールがなされているのです。
呼び出してすぐに出てくる霊の多くは、上級界層の指示に従おうとしない低級霊であるということです。
呼び寄せの声は、どのようにして相手の霊に届くのか
広大な霊界で生活している霊が、どのようにして地上からの呼び出しを知ることができるのでしょうか?
相手の霊をよく知っている親和性のある他の霊が前もって察知し、皆さん方の意図を伝えます。その連絡は、地上人には理解できない霊界特有の方法で行われます。意念による伝達は完璧なテレパシーによってなされ、霊界では皆さん方が発する意念の衝撃波が、どんなに遠く離れていても一瞬の間に相手の霊に届きます。
地上では言葉を通じて、思っている内容の一部だけが伝わりますが、霊界では思念の内容が、あますところなくストレートに相手に伝わるのです。霊界では「思念を聞く」というような状況が起きるのです。
呼び出すと同時に霊が出現することがあるのはどうしてか
先祖供養の法事や招霊会では時折、霊を呼び出すと同時に、あらかじめ呼ばれることを察知してそこに待機していたかのように、間髪を入れずに出現することがありますが、どうしてでしょうか?
先祖供養や招霊会などでは、そういうことがあります。霊によっては招霊されることを前もって察知していて、正式に呼ばれた時には、すでにその場にいるのです。盆の仏事や法事などを予定していると、地上人の念が霊に届き、それに関係した先祖霊が呼び寄せられ待機していることがよくあります。
地上人からの呼び出しが無視されることはあるのか
呼び出す地上人の思念が、相手の霊によって無視されたり、拒絶されることがあるのでしょうか?
もちろんあります。霊的摂理にのっとった形で行われた招霊の思念は、確実に相手の霊に届きますが、好奇心や興味半分から行われたものは相手に届くことなく、霊界の中に消滅してしまいます。
もし、そうした遊び半分の呼びかけが聞こえたとしても無視されます。皆さんもそうではないでしょうか。誰かから無礼な呼びかけをされたら、声は聞こえても、耳を傾ける気にはならないでしょう。係わりを避けようとするはずです。呼ばれる側の立場にご自分を置いて考えてみてください。名前を呼ばれるたびに、いちいち出なければならないとしたらどうなるでしょうか。
高級霊が人間側の勝手な要請に応じることがないのは、言うまでもありません。一方、低級霊の場合には、たとえ嫌がっても、高級霊が強制的に出させることがあります。
呼ばれた霊が出現できないケースについて
地上人から呼ばれても霊が出現できないのは、どのような場合ですか?
霊が地上人の呼びかけに応じないのには、さまざまなケースがあります。まず第一に、霊自身に出る意志がないことがあります。その場合には、あえて自分からは出ようとしません。
こうしたケース以外に、霊本人は出たいと思っていても出られないことがあります。その一つのケースが、すでに本人が地上に再生している場合です。ただし地上に再生していても全く応じられないというわけではありません。再生者(霊)が睡眠中であるなら、招霊することは可能です。再生者が覚醒中のときは招霊はできません。このようなことを聞くとたいへん驚かれるでしょうが、実際にそうしたことがあるのです。“霊の世界の不思議さ”と言ったらよいでしょう。(*後で述べる“生き霊の存在と、生者の霊の招霊について”参照)
再生に備えて待機している霊の場合は、その使命によっては招霊に応じられないことがあります。また幽界下層の暗黒の境涯(
例外的なケースとして、高い霊性を有しながら大きな
イタズラ霊が出現することはあるのか
招霊された霊に代わって、イラズラ霊が出現することがありますか?
あり得るどころではありません。しょっちゅう出現しています。特に興味本位で行っている招霊会で現れるのは、ほとんどその類の霊です。呼ばれたら簡単に出てくるような霊の身元は、信じられないと思ってください。「待ってました!」とばかりに出てくる霊の大半は、低級霊です。
低級霊は地上人を
高級霊への出現要請はできるのか
地上人の側から、高級霊に向かって出現を要請することはできますか?
不可能というわけではありませんが稀です。高級霊は必ずと言ってよいほど、自分の方から出現します。高級霊が呼びかけに応じるのは、地上人に余程の霊格があり、さらに特別な霊的使命がある場合に限られます。
高級霊は、自分が出ることに意義があると判断すれば出ることもありますが、面白半分に呼ばれたときは絶対に出ません。「自分は高級霊を呼び出せる」と自ら宣伝する霊媒がいるとするなら、それは偽者と断定しても間違いありません。霊媒自身が低級霊に操られているか、インチキを承知で言っているだけのことです。お金を取って霊媒をするような霊能者を通じて、高級霊が現れることはありません。
再生の必要がなくなった“超高級霊”でも出てくれますか?
出ますが、滅多にないものと思ってください。よほど純粋で真摯な心の持ち主としか語り合いません。高慢さや私利私欲が目立つような人間に呼ばれて出てくるようなことは、絶対にありません。
ですから、たいへんな高級霊界からやって来たかのような言説を軽々しく吐く霊には、よくよく注意が肝要です。そうした霊はすべて低級霊です。シルバーバーチやインペレーターのケースから分かるように“超高級霊”の招霊は、用意周到に準備された霊媒を通じてしか実現しません。
今後は日本でも、「シルバーバーチ霊が出る」とか「シルバーバーチと語ろう」といったニセの招霊会が行われるようになるでしょう。言うまでもなく、これらはすべて低級霊のからかいか、霊媒のインチキです。
低級霊の呼び出しは危険なことか
低級霊や邪霊の類を呼び出すことは感心しないでしょうか? 危険がともなうことになるでしょうか? もし先祖霊が低級霊の場合、先祖供養それ自体が危険なのでしょうか?
低級霊・邪霊の類は、ただ威張り散らすだけですから、高級霊団の援助のもとで行うのであれば、何一つ恐れることはありません。いざとなれば霊団の方で押さえ込みます。彼らの餌食になる心配はありません。
ただし、たった一人で行ったり、あるいは出席者がいても動機が不純であったり、初心者ばかりのときは危険がともないます。実際には大半の招霊会は低級霊を招き寄せているため、招霊を依頼する人も霊媒も、とても危険な状態にさらされています。
安易な招霊は“百害あって一利なし”です。間違った招霊によって苦労することになるのは、すべて自業自得なのです。先祖供養にともなう危険もこれと同じです。
招霊は霊にとって嬉しいことか
そもそも先祖供養や招霊会というのは、霊にとってありがたいことでしょうか? それとも迷惑なことでしょうか?
それは先祖供養や招霊会を行う人々の内容と動機次第です。霊は、その場にいる人々が真摯で真面目な姿勢を持っていれば、親和性を感じて気持よく出てくるでしょう。先祖霊の中には、それを楽しみに待っている者もいます。というのも死後、人間界から見捨てられた気分で悲嘆にくれている者が多いからです。
一方、霊といっても私達地上人と同じで、いろいろな性格の持ち主がいます。当然、人間嫌いの霊もいます。そういう霊は地上人から呼び出されても不快をあらわにするでしょう。特に見ず知らずの人間から呼ばれたら、まともには相手にしません。出なければならない理由がないからです。好奇心から招霊されたときは、たとえ出ても直ぐに帰るか、初めから出ません。
招霊されて喜ぶのは“善霊”と“低級霊”のどちらでしょうか?
低級霊というのは、人間を騙して操る目的で出ます。したがって地上人の程度の悪い招霊会には喜んで出席します。イタズラをする絶好のチャンスだからです。
反対に、霊的真理を正しく理解している人々から招霊されることは喜びません。悪行をとっちめられるのではないかと警戒するからです。ちょうどイタズラをした子供が隠れて出てこないように、呼ばれてもしらばっくれています。しかし高級霊が、
何度も述べますが、高級霊は下らない目的からの招霊会には現れません。高級霊ではなく普通の善霊であっても、まったく出ないか、出ても直ぐさま引き上げます。皆さんも同じだと思いますが、遊び半分から好奇心の対象とされるのは誰でも嫌なのです。
地上人は、「あの霊はどんな話をするのだろうか」「地上でどんな生活をしていたのだろうか」といった、興味本位のどちらでもいいようなことを聞くために霊を呼び出そうとします。まるで霊を証人台に立たせて尋問するようなことをしているのです。
私達地上人がされて嫌なことは、霊にとっても嫌なものです。世間で行われている招霊会は、大半が意味のない好奇心からであり、そこに現れるのは“イタズラ”を目的とした低級霊だけなのです。
動物霊の存在と招霊について
ある霊能者は動物の霊を呼び出すそうですが、本当にそんなことができるのでしょうか?
動物には人間のような永遠的な個別性は与えられていません。人間は死後も、霊体を備えて永遠に一個の霊的存在として生き続けますが、動物は死後、類魂の中に融合して個別性を失います。地上時代に人間から愛を受けた動物は死後、一時的に形態を維持し、主人(飼い主)の他界時に再会することがあります。しかし、それもしばらくの間であって、やがて担当の霊によって分解され類魂の仲間入りをすることになります。したがって動物は、いつまでも霊界に居続けることはありません。当然、人間のように再生することもありません。
世の中には「動物霊が見える」などと言う霊能者がいますが、それは死後、一時的に維持している動物の形態を見たか、あるいは霊能者が嘘を言っているか、または低級霊がつくり出した「粉飾霊(化身霊)」を見たかのいずれかです。もし霊能者が、「動物霊を呼び出して対話をした」というようなことを言うならば、それはすべて作り言か、あるいは霊能者自身がイタズラ霊にまんまと騙されているのです。イタズラ霊はそこらじゅうにウヨウヨいて、いいように霊能者を操り、面白がっているのです。
霊はすぐに誰の真似でも、何の真似でもすることができます。そして簡単に霊能者を騙すことができるのです。間違った先入観を抜け出せない霊能者はよく、「狐や狸・蛇・竜神が見えた」などと言いますが、今述べたように、こうした動物霊のすべてがイタズラ霊の仕業なのです。「狐や狸や蛇の霊の
幼児霊の招霊について
死ぬ直前は幼な子であったのに、招霊してみるとしっかりとした知性を備えていることがあるのはどうしてでしょうか?
幼児といっても、魂そのものが幼いわけではなく、肉体という衣で包まれているために幼く見えるだけです。死によって肉体を脱ぎ捨てると、本来の霊としての能力を取り戻します。霊に年齢はありません。幼児の霊が大人のような知性を持って対話に応じられるということは、その霊はかつて大人にまで成長した前世があるということを意味しています。
もっとも死後しばらくは幼児としての個性をいくらかはとどめているでしょうし、時には霊界の保育所で養育されることもあります。しかし、いったん霊的自覚が戻り始めると、急速に霊的に上昇し、本来の立場にまで戻っていくことになります。幼くして亡くなった子供が霊界で成長し、霊体も大人のように大きくなっているケースがひんぱんに存在します。
こうした霊は、地上の親が他界したときは迎えに出ますが、その際にはわざわざ死んだ当時の子供の姿をつくって出迎えるのが普通です。親が自分の子供であることを認識できるようにするためです。
生き霊 の存在と、生者 の霊の招霊について
この地上で今、生活している人間の霊でも招霊できますか?
驚かれる方も多いと思いますが、実際できるのです。その場合、呼ばれた人は“幽体離脱”して霊体として現れることになります。霊体が時に物質化して、相手の地上人に姿を見せたり話をすることもあります。こうしたケースでは、招霊された本人は、目覚めてから招霊中のことを覚えていないのが普通です。私達が睡眠中の幽体離脱の出来事を覚えていないのと同じです。
このような地上人の幽体離脱にともなう幽霊化を、「生者の幽霊化現象」と言います。生者の招霊では、呼ばれた者は普通は眠っているか、うたた寝をしています。霊体が肉体から離れている間に、肉体が目を覚ますようなことはありません。もし何らかの事情で肉体が起きる必要が生じたときには、霊は強制的に戻らされます。それが招霊中であれば、理由を述べて対話を中断するでしょう。
昔はこうした生者の霊の遊離現象(幽体離脱現象)が「生き霊の祟り」として恐れられ、加治祈祷などが行われてきました。それについては古典文学にたびたび登場しますが、実際に「生き霊」が人を苦しめるほどの影響力を発揮することはありません。“低級霊の仕業”を生き霊の祟りと勘違いしているだけのことです。(*“生き霊”については、今後のニューズレター(24号:「呪いと生き霊の祟りについて」)で取り上げる予定です。)
水子霊 の存在と、胎児霊の招霊について
妊娠中の胎児の霊の招霊は可能でしょうか?
不可能です。妊娠期間中の霊は、意識が混濁していて対話はできません。よく霊能者が堕胎した水子霊と話をしたり、水子霊の訴えを伝えるといったようなことが行われていますが、これはすべてインチキか、霊能者自身がイタズラ霊に騙され
水子霊の供養も、先祖供養同様、ニセ霊能者や祈祷師によって悪用され大きな社会問題となっています。これについても、今後のニューズレター(25号:「霊魂の受胎と、それに関連した諸問題」)で取り上げることにします。
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