6.『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「二世界関係論」
「二世界関係論」という言葉は、シルバーバーチの思想の特色を浮き彫りにするためにつくり出した言葉(造語)です。「二世界関係論」の二世界とは、地上界と霊界という2つの世界を意味しています。この2つの異質の世界がどのような関係にあるのかを見ていくのが「二世界関係論」です。地上界と霊界を比較したとき、霊界よりも地上界を重要視する考え方がある一方で、それとは正反対の考え方もあります。
唯物論者は“死”とともに人間は消滅すると考えますが、大半の宗教では、人間は死後も「霊魂」として存在し続けるとします。多くの宗教では、今私たちが生活している地上世界の他に、死後赴くことになる「霊的世界(他界・あの世)」の存在を想定しています。とは言っても、これまで宗教では、地上界と霊界(死後の世界)の関係を突き詰めて考えることはほとんどありませんでした。今生活している地上界と死後の世界である霊界の関係を知っておくことは、地上人生を歩むうえできわめて重要な意味を持っています。霊界の存在を漠然と信じている人と、霊界との関連から地上界を考える人とでは、その生き方に大きな違いが生じます。
「二世界関係論」は、今私たちが住んでいる地上世界に対する見方や考え方を問うことにもなります。地上世界についてより深く理解するためには、霊的世界というもう一つの世界との違いを知らなければなりません。ここでは地上界と霊界を比較してその違いを認識し、2つの世界に対する本質的な理解を深めていきます。
これまで地上界と霊界の関係については、ほとんど議論がなされてきませんでした。それは地上人に正しい霊的知識がなく、霊界の真相を知ることができなかったからです。スピリチュアリズムの登場によって初めて、地上人は霊界について明確に理解することができるようになりました。そしてそれを通して地上界と霊界を比較し、2つの世界を関係づけて考えることが可能となったのです。『シルバーバーチの霊訓』は、スピリチュアリズムの霊界通信が明らかにした地上界と霊界の関係についての内容をさらに深め、画期的な「二世界関係論」を完成させることになりました。
唯物論者と不可知論者の「二世界関係論」
“あの世(死後の世界)”を信じることができない人間も、今自分たちが生きている“この世(地上世界)”を否定することはできません。では、その地上世界にはどのような意義があるのでしょうか。地上世界は何か意味があって存在しているのでしょうか。現代人の多くは唯物論者であり、神の存在も死後の世界も否定します。彼らにとっての世界とは、この世以外にはありません。あの世などというものは、宗教がつくり出した空想であると思っています。したがって唯物論者には、初めから「二世界関係論」そのものが成立しません。彼らは地上だけを唯一の世界とし、人間はそこに偶然、誕生したと考えます。唯物論者にとって地上とは、単なる生活の場であって、それ以外の特別な意味はないのです。
一方、世の中には多くの不可知論者もいます。彼らは、「死後の世界に行って帰ってきた者はいないのだから、誰も本当のことは分からない。死後の世界は、あるともないとも言えない」とします。そして「死後の世界があたかも存在するかのように決めつけ、それを前提とした考え方・生き方をすることは間違っている」と言います。さらに決まり文句のように「人間は今を精いっぱい生きることが大切であって、死後の世界に関心を持つ必要はない」と主張します。宗教者の中にも、しばしばこうした不可知論的な考えを持った人間がいます。不可知論者の見解は、いかにも筋が通っているかのように聞こえますが、実はそれはきわめて独断的で無責任な考え方です。
スピリチュアリズムは、数々の心霊現象や霊界通信によって「死後の世界(霊界)」が実在することを証明してきました。不可知論者はその事実を一方的に無視して自分なりの思考の世界に入り、もっともらしい意見を述べているにすぎません。もし本当に霊界があるとしたら、いい加減な姿勢では済まされません。彼らは初めから、霊界が存在する可能性を排除しています。口では「死後の世界の有無は断定できない」と言いながら、実際には霊界の存在を否定しているのです。霊界の存在を受け入れない不可知論者の人生は、結果的には唯物論者と同じです。地上世界を生活の場としか考えられず、そこに神の意思も関与も認めません。
従来の宗教の「二世界関係論」
――地上界がメインで、霊界はサブ的世界
本来、宗教は唯物論とは対極の立場にあります。大半の宗教では、人生をこの世かぎりのものとは考えず、人間は死後も何らかの形(霊魂など)で存在し続けるとしてきました。この点で宗教は、死後の世界を否定的にとらえる唯物論者や懐疑論者の考え方とは根本的に違っています。
多くの宗教では、現世(地上世界)での生き方と死後の世界(霊界)における幸福には関係があると説いています。現世で正しい生き方をすれば、死後はあの世で幸福になれると教えてきました。地上世界と霊界の関係を“死後の幸福・魂の救い”という点から考えてきたのです。ここには単純な形の「二世界関係論」が示されています。とは言っても、それ以上の内容は示されておらず、漠然と地上世界と霊界の関係を説いているにすぎません。
従来の宗教が「二世界関係論」を明確に論じることができなかったのは、霊界に対する正しい知識がなかったからです。これまでの宗教が説いてきた「死後の世界」は、空想や寓話の域を出ず、およそ真実とは言えないものばかりです。死後の世界の存在は信じるものの、それはどこまでも自分たちの救いの場所として、期待を込めて思い描いてきただけです。「自分たちの願望を中心に死後の世界を想像してきた」ということです。
そうした宗教の教えによれば、死後の世界をこの世に付随した特殊な世界として考えるようになります。「この世がメイン(主)であって、あの世は付属的世界」――すなわち死後の世界を地上界のサブ的世界と見なすようになってしまいます。「霊界はどこまでも地上界に付随する場所であり、メインは地上界である」――これが従来の宗教における「二世界関係論」の実態です。
スピリチュアリズムの「二世界関係論」
――地上界と霊界は対等の世界
スピリチュアリズムは、従来のいかなる宗教よりも「死後の世界」についての真相を明らかにしてきました。心霊現象と霊界通信を通じてもたらされた確たる「霊的事実」に基づいて、死後の世界の実在を主張してきました。スピリチュアリズムは、これまでの宗教が説いてきたような空想的で子供だましの「死後世界観(他界観)」ではなく、現代人の知性と理性で受け入れることができる「死後世界観」をもたらしました。人類史上、初めて霊的事実を土台とした「霊魂観」と「他界観」を確立し、この世(地上界)とあの世(霊界)の関係を明らかにしたのです。それがスピリチュアリズムの「二世界関係論」です。
従来の宗教は、死後の世界に対する明確な知識がない中で「死後世界観」を説いてきました。そのため、地上世界の意義や重要性を死後の世界との関わりの中で論じることができず、地上人生の真の意味や目的について人々が納得するような答えを示すことができませんでした。「霊魂」が救われる“理想郷”として死後の世界が描かれることはあっても、その説明は具体性に乏しく、およそ説得力がありません。それに対して「霊界通信」に基づくスピリチュアリズムは、死後の世界の真相を生き生きと描き出し、リアルな「死後世界観」を前提として地上界と霊界の関係を論じます。こうしてスピリチュアリズムは、従来の宗教とは異なる形で地上人生の意義を明らかにすることになりました。
スピリチュアリズムでは、「人間の人生は死によって終わるものではなく、肉体がなくなった後にも続く」と説きます。肉体を携えて歩む100年足らずの地上人生は、永遠の霊的成長のプロセスの一コマにすぎません。したがって唯物論者のような、地上での人生をすべてとする考え方は間違っています。これまで多くの宗教では、人間は死後も霊魂として存続すると教えてきましたが、そこで説かれてきた死後の世界(霊界)は、地上界に付随するサブ的世界という位置に置かれていました。それに対してスピリチュアリズムは、死後の世界の位置を高め、地上界と対等・同格の世界としました。地上界と霊界を横並びの世界として位置づけしたのです。
従来の宗教では「霊魂」の存在を主張するものの、霊魂の存在場所(霊界)についての明確な説明はなされておらず、漠然と「死後の世界はある」としているだけです。その結果、霊界を地上界の付属的世界のように考えることになってしまいました。霊界は特殊な世界とされ、人々の意識の中できわめて低い位置に置かれることになってしまったのです。
スピリチュアリズムでは、霊界の様子を詳細に解き明かし、霊界をまるで地上のことのようにリアルに説明しています。そして死後の世界は、これまで考えられてきたような特別な世界ではないことを明らかにしました。それと同時に「地上での生き方がその人間の死後の運命を決定する」という事実を示して、それまで不当に低められてきた霊界の立場を引き上げました。地上界と霊界を対等なものとし、同格のレベルに位置づけしたのです。それによって地上人は“死の恐怖”から救われることになりました。こうしたスピリチュアリズムの「二世界関係論」は、地球人類の宗教史の中で革命的な内容と言えるものです。
シルバーバーチの画期的な「二世界関係論」
――霊界がメインで、地上界はサブ的世界
スピリチュアリズムにおけるさまざまな霊界通信は、霊界サイドの視点、すなわち霊的観点から地上世界の存在意義を説いてきました。そして地上界と霊界の位置関係を明確にしました。地上を霊的視点で見るということは、人類にとってまさに画期的な出来事と言えます。
20世紀の半ばに至って登場したシルバーバーチは、地上世界を霊的観点から眺めるというスピリチュアリズムの姿勢をさらに徹底し、より画期的な「二世界関係論」を確立することになりました。シルバーバーチは、それまでのスピリチュアリズムの霊界通信が地上界と霊界の位置関係を対等・同格としてきたものを、霊界の位置を高めて「霊界がメイン(主)で地上界はサブ(従)」としました。こうして従来の地上界と霊界の位置関係を大きく変化させることになりました。これがシルバーバーチの「二世界関係論」の特色です。シルバーバーチは、これまでの宗教における「地上界がメインで死後の世界はサブ」という位置関係を180度転換させたのです。
シルバーバーチがこうした画期的な「二世界関係論」を説くことになった背景には、「地上人の霊的成長を促す」という目的がありました。霊界の真相や情報を伝え、霊界が地上界と同じようにリアルな世界であることを示すだけでは、地上人の霊的成長を促すには不十分と考えたのです。そのためシルバーバーチは、霊界の真相や情報を伝えるだけでなく「霊的成長を促す生き方」、すなわち「霊的真理の実践」に重点をおいて教えを説きました。ここにスピリチュアリズムにおける霊界通信の発展のプロセスが見られます。
地上人が霊的成長をなすためには、霊的真理を実践して地上人生を「霊優位」なものにしていかなければなりません。霊的真理の実践とは、すべての思考と行動を「霊優位(霊中心)」にすることです。それは地上世界のあらゆる物事を霊的観点から眺めること、すなわち「地上界を霊界の下に位置づけして地上人生を歩む」ということを意味します。霊的真理の実践に人生の軸足が移ることによって、地上人の意識は自動的に霊中心になっていきます。地上という物質世界に居ながら、意識は常に「霊優位(霊中心)」にならざるをえなくなります。こうして霊界が地上界よりも、すべての点で優位に立つことになります。霊的真理を実践し、霊的成長を目指して歩むことによって必然的に、「霊界がメインで地上界はサブ」という関係論が実際に成立することになるのです。
シルバーバーチの「二世界関係論」が意味するもの
霊界がメイン(主)で地上界はサブ(従)というシルバーバーチの「二世界関係論」は、シルバーバーチの霊的思想の基本であり大前提となるものです。シルバーバーチの「二世界関係論」は――「死後の世界(霊界)こそが人間にとって本来の生活の場であり、地上は一時的な仮の世界である」ということを意味します。シルバーバーチは「人間の本来の住処は霊界であって、地上は旅先で逗留する宿のような所である」と述べています。この言葉は、地上人生だけに意識が占められ、この世的な幸福の追求に明け暮れる地上人に根本的な意識変革を促すものです。こうしてシルバーバーチの「二世界関係論」は、霊界中心の人生観と幸福観を人々に示すことになりました。
また、シルバーバーチの「二世界関係論」は――「霊界の住人(霊界人)こそが本来の人間の姿であり、地上という仮の世界に住んでいる人間は、一時的に肉体をまとった特殊な霊界人である」ということを意味します。肉体を持たない霊界人は、霊界の至る所に存在する天使と同じ状態にあります。人間はもともと霊的存在であり、肉体を携えて生きる私たち地上人は、神が造られた世界の中できわめて特殊な存在と言えるのです。シルバーバーチの「二世界関係論」は、地上で生活している人間も霊界人の一人として、常に霊的意識を持って歩んでいかなければならないことを示しています。どんな時も、物質中心の地上的意識よりも霊的意識を優先させ、地上人生を送っていかなければならないことを教えているのです。
さらに、シルバーバーチの「二世界関係論」は――「地上人生は霊界での生活に備えるためにある」という地上人生の目的を、よりいっそう明瞭にします。“死”とは、人間にとって本来の住処に戻ることに他なりません。したがって、死を恐れたり死別を悲しんだりする必要はないのです。それどころか霊界での新たな生活の出発点となる死は、“喜びの時・祝福の時”と言えます。地上人生には多くの苦しみや困難がともないますが、“死”は地上での魂の訓練期間を終えたことに対するご褒美なのです。こうしてシルバーバーチの「二世界関係論」は、スピリチュアリズムの死生観の霊的次元をさらに高めることになりました。
シルバーバーチによって示された「二世界関係論」は、私たち地上人が霊的成長をなすために不可欠な「霊主肉従(霊優位)」という霊的真理の実践を導き出します。地上界と霊界を“対等”と考えるだけでは霊的成長を促すことはできません。“霊界がメインで地上界はサブ”というシルバーバーチの「二世界関係論」を人間の思考と行動に適用することによって初めて、「霊主肉従」という霊的成長のための実践基準が示されることになるのです。
シルバーバーチの「二世界関係論」は、それまでスピリチュアリズムが説いてきた「二世界関係論」の霊的視点の次元を徹底して高め、「霊界中心の世界観」「霊界中心の人間観」「霊界中心の人生観」「霊界中心の幸福観」「霊界中心の信仰実践観」を確立することになりました。とは言っても、シルバーバーチは地上世界の存在価値を無視しているわけではありません。地上世界の重要性を認めつつも霊界を優位に置く、という霊的思想を確立したのです。
シルバーバーチが示した「二世界関係論」は、唯物論者や懐疑論者にはとうてい受け入れられるものではありません。霊も霊界の存在も信じられない人間に“霊がメイン、霊界がメイン”と言っても認めるはずがありません。唯物論者ばかりでなく、宗教者やスピリチュアリストも戸惑いを感じるかもしれません。
しかし純粋な霊的観点から見ると、シルバーバーチの「二世界関係論」が真実であることは明らかです。現時点において地上人の多くがシルバーバーチの「二世界関係論」を受け入れることができないのは、「地球人類全体の霊性レベルが、まだその段階に至っていない」ということを示しています。しかし今後、人々の霊性が向上するにともない、シルバーバーチの「二世界関係論」は間違いなく地球人類にとって共通の常識となっていきます。
さまざまな「二世界関係論」のまとめ
- 唯物論者
- 存在するのはこの世(地上世界)のみ
- 死後の世界(霊界)は実在しない
- 「二世界関係論」は成立しない
- 不可知論者
- 死後の世界は、あるのかないのか分からない
- 死後の世界を前提とした生き方は間違いであり、この世を精いっぱい生きることが大切
- 死後の世界については考えないようにする(実際は死後の世界を否定)
- 「二世界関係論」は成立しない(結果的に唯物論者と同じ)
- 従来の宗教
- 人間はこの世(地上世界)だけでなく、あの世(死後の世界)でも存在する。一応、死後の世界の存在は認めるが、真実の理解からは程遠い。死後の世界を空想的・寓話的な世界として理解
- あの世(霊界)はこの世(地上界)に付随して存在する特殊な世界
- 地上界がメインで、霊界はサブ的世界
- 肉体を持った地上人が本来の姿で、肉体を持たない霊界人は特殊な存在
- 死後の世界は信じるものの、実際の意識は地上世界を優先「地上界>霊界」
- スピリチュアリズム(シルバーバーチ以前の霊界通信)
- 死後の世界(霊界)の実在を証明
- 地上界と霊界は同一線上にある
- 地上界と霊界は対等の関係、同格・横並びの関係
- 地上での生き方が霊界での運命を決定する、という形での関連性
- 地上界と霊界を対等・同格と見なす「地上界=霊界」
- シルバーバーチ
- 霊界に対するさらに詳細な情報をもたらす
- 霊界がメインで、地上界はサブ的世界(仮の世界)
- 霊界が本来の住処であり、地上界は霊界での生活に備える場所
- 霊界人が本来の姿で、地上人は特殊な存在。地上人は肉体を持った霊界人
- 霊界での生活は永遠で、地上での生活は一時的(霊界での生活がメイン)
- 霊界での幸福は永遠で、地上での物質中心の幸福は一時的。真の幸福とは霊界での幸福のこと(霊界での幸福がメイン)。地上での幸福を犠牲にしても問題はない
- 霊界を地上界よりも優先的な世界と見なす「地上界<霊界」