(1)霊界は界層からなる世界
1)霊界の界層
界層からなる霊界
スピリチュアリズムが明らかにした霊的事実の1つは、霊界が界層から成り立っている世界であるということです。死後の世界は幾段階かの“界”に分けられ、それぞれの界に、さらにいくつかの境域があります。そこでは霊性や性格・嗜好の似た者同士が、共同生活のような社会生活を営んでいます。霊的摂理の作用(霊的親和性の法則)によって、自然にそうなっているのです。
神の造られた世界を人間は、地球(地上世界)→幽界→霊界 というプロセスを踏んでいくことになりますが、霊界に入ってからは、なお多くの界層を一歩一歩上昇していくことになります。それを図示すると次のようになります。
多くの界層が、重なり合って霊界という1つの場に存在
図を見ると、界層は上へ上へと積み重なっているように思われるかもしれません。しかし実際は、すべての界層は1つの霊界の中に存在しています。無数の界層が重なり合って、霊界という1つの場にあるということです。それはちょうど、霊体と肉体という全く性質の異なる身体が重複して存在しているのと同じです。霊界には、さまざまな次元の異なる世界(界層)が重複して存在しているのです。
それぞれの界層は、バイブレーションが異なっています。高い界層であればあるほどバイブレーションは精妙になり、低い界層であればあるほどバイブレーションは粗雑になります。これまで見てきた幽界は、霊界の最下層の世界であり、地上に最も近い界層と言えます。地球はその幽界よりもバイブレーションが低く、さらに粗雑な世界です。このように神の造られた世界は、バイブレーションの異なる界層が同一場に重なり合って形成されています。
界層の数は無数
では、「その界層はいくつあるのか?」ということです。これまでの霊界通信の中には、霊界は7つの界層から成り立っていると述べているようなものがありました。しかし現実には、7つの界層があるということではありません。それぞれの界層はグラデーション的に連続して連なっています。1つの界層は、それより低い界層と融合してつながり、同時にそれより高い界層とも融合してつながっています。つまり“界層”というのは――「グラデーション的な状態変化の中の1つの場」を指しているのです。その意味からすると、「界層は無数にある」ということになります。
スピリチュアリズムの初期には、霊界の界層は地理的なもののように理解されてきましたが、それはどこまでも当時の地上人の理解力が未熟であったためです。また他の宗教や神秘思想でも、霊界がまるで仕切りを持った層のように述べられてきましたが、それらはすべて事実とは異なります。
それぞれが別々の界層へ
地上では全員が同一平面上で生活をし、しかも他人の霊性レベルがどの程度であるのかを知ることはできません。そのためつい、すべての人間が同じであると考えがちです。確かに地上の人間はみな「神の子供」として創造され、永遠の進化の道をたどる運命を与えられています。その点において人間は、全員が完全な平等のもとに置かれています。
しかしそうした内容とは別に、これまで歩んできた努力の結果として、地上人それぞれが異なる霊的成長レベル(霊性レベル)にあります。霊的に進んだ者と遅れた者がいるのです。この霊性レベルの違いは、実際にはとてつもなく大きなものです。それが死後、幽界を経て霊界に入ると「界層の違い」となって表面化するようになります。
霊的成長レベル(霊性レベル)は、一人一人異なります。地上人が10人いれば10通りに、100人いれば100通りに分かれます。霊界の界層は、こうした霊性レベルの違いによって住み分けがなされるようになっています。つまり人間の霊性レベルが無数にあるということは、界層も無数に存在するということなのです。
2)霊性に応じて決定される界層
「霊性」に応じて行く界層が決定する
霊界には無数の界層がありますが、高い界層へ行く人と低い界層へ行く人は、どのようにして決まるのでしょうか。高い界層であればあるほど素晴らしい世界だということは、誰もが予想できます。結論を言えば――「霊性に応じて行く界層が決まる」ということです。「霊性」というのは、その人の魂の成長度・霊的進化の程度のことです。
霊界に入ると「魂の成長レベル」に応じて、ある者は高い界層へ、そしてある者は低い界層へと赴くようになります。鉄が磁石に引き付けられるように、自分に見合ったそれぞれの界層へ、自動的に引き寄せられていくのです。
行くべき界層は、自分に最も親和性がある所
自分の霊性に見合った界層に引き寄せられるということは、見方を変えれば、その界層がその霊にとって“一番居心地がいい”ということを意味します。霊界ではこのように「自分が行く世界(界層)は、自分の霊的親和性によっておのずと決まる」ことになります。
どんな霊にとっても、自分の霊性に合った環境にいるときが一番幸せなのです。霊は本能的に、自分の霊性にふさわしい所が自分には一番いいということを知っています。高い世界が素晴らしいことは分かっていても、その世界に行くだけの霊的成長を遂げていない者にとっては、高い界層は居心地が悪いのです。そこはまぶし過ぎ、かえって落ち着くことができず、身の置き場がないような苦痛さえ感じるようになります。自分より高い世界では、平安も安らぎも得られません。こうして霊は、自分の霊性レベルに見合った界層へ落ち着くようになるのです。
自分の霊性より高い界層へは行けない
霊は、高い世界に入るにふさわしい準備が整うまでは、自分の霊性以上の世界へ行くことはできません。自分の霊的成長レベルよりも高い界層に入ることはできないのです。その界層に見合った霊的内容がないかぎり無理なのです。したがって霊は、自分にふさわしくない界層、まだ霊的準備のできていない高い世界(界層)に行こうとは思いません。一方、事情によっては、それ以下の世界に行くことはできます。
霊界にいる霊たちは皆、自分が成長して高い界層に行ったなら、どれほど素晴らしい体験をするようになるかが分かっているのですが、結局は、自分の霊的親和性から、自分に見合った界層に落ち着くようになります。このように霊界では、心の成長レベル・魂の成長レベルが、無条件に行くべき世界を決定します。昔から宗教で言われてきたように、神や悪魔が無理やり死者の行き先を決めるわけではありません。また終末における最後の審判によって天国に行く者と地獄に行く者に振り分けられるというようなことでもありません。
類は類をもって集まる
言うまでもないことですが、霊界の上層には霊的に高い人々、霊格の高い霊が自動的に集まります。そして霊界の下層には、魂の成長レベルの低い霊が集まることになります。結果的に、1つの界層には、同じ霊性レベルの人間(霊)が集まるようになるのです。
霊界では霊性が上下の界を隔て、各界では親和性の作用によって似通った霊性を持つ者同士が共同生活を営むようになります。まさに“類は類をもって集まる”のです。
幽界は、地上的要素(物質性)を拭い去り霊的に純化する所であったため、霊性のレベルがさまざまな他界者が存在していましたが、霊界ではそういうことは全くありません。幽界を卒業して霊界に移動すると、自動的に自分の霊性レベルに合った界層に行くことになります。そしてそこで、自分と同じ霊性レベル(霊的成長レベル)の他の霊たちとともに生活するようになるのです。
*スウェーデンボルグは、死後の世界を「天界」と「地獄」の2つに大きく分けています。そして天界と地獄の間で、善悪の戦いが行なわれていると述べています。しかしこれは、キリスト教の影響を受けた間違った霊界描写です。
*地獄とは、先に述べたように地縛霊たちが集まる幽界の一部、それも地上に近い限られた場所のことを言うのであって、霊界を二分した一方の世界としての地獄は存在しません。もちろんそこには、キリスト教で説いてきたような、地獄を支配し神に対峙する「サタン」というような存在もいません。“神に背いた堕天使がサタンになった”という神学的な解釈は、すべてフィクションです。
このようなサタンとか神に対峙する悪の一大勢力の存在というものを認める高級霊は誰ひとりいません。
3)異なる界層間での交流・コミュニケーション
異なる界層間にはコミュニケーションはない
それでは異なる界層間での交流・コミュニケーションは、どのようになっているのでしょうか。界層間でのコミュニケーションは可能なのでしょうか。結論を言えば、上下の界層間に自由な交流はありません。
それぞれの界層はバイブレーションが異なるために、他の界層の住人の姿は見えず、接触することもできません。これは地上と幽界の関係と同じです。バイブレーションが違うために、私たちは幽界にいる霊を見ることができません。それに対して同じバイブレーションの中に住む地上人同士は、相手の姿を見て触れ合うことができます。
霊界の異なる界層間では、原則的に交流はありません。下の者が上の界層に上がるということは不可能です。異なる界層間では、交流やコミュニケーションは普通は成立しません。
例外的なケース
ただし特殊な例外的ケースがあります。上の界層にいる霊が、下の界層にいる霊の教育や啓蒙のために、わざわざ自分のバイブレーションを下げて、下層の世界に赴くようなことがあるのです。
霊性が一定のレベル以上に達すると、さらなる進化向上のために、一時的に自分の所属する界層より上の界を訪れたり、自分より下の界に降りたりするようになります。時には地上の人間の守護や指導、また救済のために地上近くに降りるといったことができるようになります。現に“スピリチュアリズム運動”は、こうした高級霊たちの降臨によって展開されています。高級霊の降下には、下の界の霊や地上人を指導啓発するという目的と同時に、自分自身の霊的成長と修行という目的もあります。
地上の他界者のために一時的に降臨
また地上の人間が“死”を迎え霊界に入るに際しては、それを手助けするために、その人間と縁のある霊界人が一時的に地上近くに降りていきます。これも上の界層にいる霊が下層に降りていく1つのケースと言えます。彼らは新参者を迎え、その霊界入りを助けるという役目を終えると、またもとの界層に戻ります。