霊訓〈完訳・下〉

『霊訓〈完訳・下〉』表紙

紙版
原書 The Spirit Teachings
著者 ステイントン・モーゼス(著)
近藤千雄(訳)
発行日 1999年5月20日 初版発行
ページ数 260ページ
ISBN 978-4-901627-09-2
価格 1,880円(税込)
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霊訓〈完訳・上〉、霊訓〈完訳・下〉は、1985年に国書刊行会から出版され、その後絶版となっていた『世界心霊宝典』全5巻の一冊「霊訓」の本文に加筆訂正を施した復刻版。本書は下巻。

目次

  • 18節
    • 節制と心身の清潔の必要性――魂と身体――ドグマの字句どおりの独善的解釈は自己陶酔を誘う――先祖伝来の信仰のみで足れりとする者・考えることをせぬ者・世間的付き合いとしての信仰で佳しする者は取り合わない――みずから光を求める者こそ向上する――真摯で恐れを知らぬ心が真理探求の必須条件――その典型をキリストの生涯に見る――現在のキリスト教はキリストの時代のユダヤ教と同じ――人間的夾雑物を取り除き霊的真理を明らかにすることが霊団の使命――キリストは宗教改革者であり社会革命家でもあった――特殊階級を攻撃し庶民に味方した――“キリストの再臨”の真意
  • 19節
    • 地上人類としての宗教的生活の理想――神は摂理としての働きによってのみ知るもの――未来の不用意な詮索は禁物――神と自己と同胞に対する義務――満足は堕落への第一歩――積極的活動と正しい習慣の生活――身と心の宗教
  • 20節
    • 霊団も全てを語ることを許されず、語ることが人間の為になるとも限らない――著者の疑念を募らせる出来事の発生――霊訓の弁明――精神状態の不安定な時の危険性――猜疑と懐疑は別――イエスは庶民を相手に法を説いた――霊訓の配慮に対する著者の無理解を指摘――これ以上の働きかけを当分控えると表明
  • 21節
    • 著者の反省と反論――回答――霊団には果たさねばならぬ至上命令がある――物理実験の禁止――インペレーターの最後の嘆願――判断を誤らぬよう神に祈れ――インペレーターの祈り
  • 22節
    • インペレーター、天界の祈りの集会に参列――地上の汚れを払い落とし気分一新のために時おり天界に戻る――いかなる高級霊も人間界に降りれば人間臭を帯びる――霊の身元を証す新しいケース――著者の心境
  • 23節
    • 神の啓示の歴史的系譜――メルキゼデクよりキリストに至る流れ――“モーセ五書”――旧約聖書の大半は伝説と神話の寄せ集め――啓示も人類の知性と共に進化する――人間的創造と誤謬に埋もれた素朴な真理を明らかにするのが霊団の使命
  • 24節
    • 旧約聖書と新約聖書時代の間の記録の欠落について――夜明け前の暗黒の時代――啓示の時代は人間的渇望に応えて訪れる――神と人間との関係について過度の詮索は無意味――バイブルを絶対とした議論には応じない――キリストを神格化せず一人間として再検討せよ――背後霊も人間の責務の肩代わりは出来ない
  • 25節
    • 啓示はそれを受ける霊覚者の霊格の程度によって差が生じる――“神”の概念の変遷――バイブルを神の言葉と考えるのは愚か――“五書”とエズラ――エロヒスト、ヤハウィスト――サウルの時代、士師の時代、ソロモン・ヘゼキヤ・ヨシアの時代――“預言書”の編纂――ダニエル――バイブルに見る神の概念の進歩――己の無知の自覚が向上の第一歩
  • 26節
    • 霊団の態度の変化――著者の態度に反省を求める――著者の霊視能力の発現――各種の霊視現象の体験――複数の世界的作曲家による音楽についての霊信
  • 27節
    • 民族と宗教の揺藍地インド――轢死者の霊が著者に憑依――霊的引力と斥力
  • 28節
    • エジプトの神学とユダヤ教――三位一体説――エジプトの宗教――現代生活の唯物性に関する議論――モーセの律法の原点――各国の三一神――エジプトとインド――霊的向上は信教の別と無関係――最後の審判説は誤り――毎日が審判の日――霊の究極の運命の詮索は無用
  • 29節
    • 低級霊に関する警告――現実の裏側の怖るべき実情――邪悪霊・堕落霊・復讐霊・偽善霊――物質文明と大都会の悪弊――興味本位の心霊実験の危険性――物理的心霊現象の価値――物的次元より霊的次元への脱皮の必要性――氏名を詐称する霊の危険性――いたずら霊の存在――個人的関心事は避けるが賢明
  • 30節
    • イースター・メッセージ(一八七四年)キリストに学べ――真の信仰とは――イースター・メッセージ(一八七五年)“復活”の真意――キリストの身体とその生涯が意味するもの――各種祭日の意義(クリスマス、レント、グッドフライデー、イースター、ペンテコステ、アセンション)――イースター・メッセージ(一八七六年)再びキリストの生涯――三種の“敵”(俗世、肉体、悪魔)――イースター・メッセージ(一八七七年)再びキリストに学ぶ――俗世にありて俗世に超然とせよ――苦難の時こそ進歩の時
  • 31節
    • 著者の友人の自殺の波紋――自殺霊の運命――利己的人生の破滅性――悔恨が向上の第一歩――天使の救い――浄化の炎――己の罪は己が償う――人生は“旅”、そのよろこびは“向上進化”――生活の三つの側面(自己反省と祈り、神への崇敬と讃仰、三種の敵との葛藤)
  • 32節
    • 真理とは――一般向けの真理と魂の“秘宝”としての真理――真理は他人へ押しつけるべきものにあらず――甲の薬は乙の毒――真理のための真理探究こそ人間としての最高の道
  • 33節
    • 霊の身元を裏づける証拠の数々――著者の結びの言葉
  • 解説(訳者)
    • 霊団の構成――霊団の身元――スピリチュアリズムにおける『霊訓』の価値――シルバーバーチの霊訓との比較――モーゼスの経歴と人物像――あとがき

「解説(訳者)」より

本書は形の上ではモーゼスという霊媒的素質をもつキリスト教信者を通して、目に見えぬ知的存在が全ての人間の辿る死後の道程を啓示し、モーゼスが幼少時より教え込まれ、絶対と信じ、かつ人に説いて来た思想的信仰を根底から改めさせ、真実の霊的真理を理解させんとする働きかけに対し、モーゼスがあくまで人間的立場から遠慮容赦のない反論を試みつつも、ついに得心していく過程をモーゼス自身がまとめて公表したものである。

モーゼス自身が再三断わっているように、本書に収められたのはほぼ十年間にわたって送られて来た厖大な量の通信のほんの一部である。主としてインペレーターと名のる最高指揮霊が右に述べたモーゼスの霊的革新の目的にそって啓示した通信を採録してあるが、記録全体の割合から言うとプライベートなこと、些細なこと、他愛ないことの方が圧倒的に多いようである。が、それはモーゼスの意向に従って公表されていない。実際問題としては些細なこと、プライベートなことのほうがむしろ科学的ないし論理的なものよりも人間の心に訴えるという点においては重要な価値をもつことがあり、その意味では残念なことではあるが、もともと霊団の意図がそこになかったことを考えれば、それもやむを得なかったと言わざるを得ない。

通読されて実感されたことであろうが、モーゼスにとってその十年間の顕幽にまたがる論争は、モーゼスの名誉と人生の全てを賭けた正に真剣勝負そのものであった。全ての見栄と打算を排した赤裸々な真理探求心のほとばしりをそこに見ることが出来る。それだけに、自分に働きかける目に見えざる存在が地上時代にいかなる人物であろうと、何と説こうと、己の理性が得心し求道心が満足するだけでは頑として承服しなかった。その点は今の日本に見られるような、背後霊に立派そうな霊がいると言われただけで有頂天になったり、何やら急に立派な人間になったかのように錯覚する浅薄な心霊愛好家とは次元が異なる。ほゞ三十年後の同じくキリスト教の牧師オーエンが名著『ベールの彼方の生活』Life Beyond the Veil by R.V.Owenを出すまでに二十五年の歳月をかけた事実と相通じるものがあろう。

なおこの『霊訓』には『続霊訓』More Spirit Teachingsという百ページばかりの続編がある。これはモーゼス自身の編纂によるものではなく、モーゼスの死後、モーゼスのこの道での恩師であったスピーア博士夫人が、博士邸で定期的に催されていた交霊会での霊言と自動書記による通信の記録の中から“是非とも公表されるべきである”と判断したものをまとめたものである。背後霊団の意図と霊的真理の中枢においては何ら変わりなく、その意味で目新しいものは見当たらないとも言えるが、第一部の霊言集と(第二部は自動書記通信)第三部のモーゼスの人物像に関するものには参考になるものが少なくない。その紹介も兼ねて、このあとの解説には主としてこの『続霊訓』(潮文社刊)を参考にさせて頂くことにする。

●霊団の構成について

『続霊訓』の冒頭でインペレーターが霊言でこう述べている。

「神の使徒たる余は四十九名より成る霊団のかしらであり、監督と統率の任にあり、他の全ての霊は余の指導と指令によりて仕事に当たる。

余は全知全能なる神の意志を成就せんが為に第七界より参った。使命完遂の暁には二度と地上に戻れぬ至福の境涯へと向上して行くであろう。が、それはこの霊媒が地上での用を終えた後となるであろう。そしてこの霊媒は死後において地上より更に広き使命を与えられるであろう。

余の下に余の代理であり副官であるレクターがいる。彼は余の不在の折に余に代わって指揮し、とりわけ物理的心霊現象に携わる霊団の統率に当たる。

レクターを補佐する三番目に高き霊がドクター・ザ・ティーチャーである。彼は霊媒の思想を指導し、言葉を感化し、ペンを操る。このドクターの統率下に、あとで紹介するところの、知恵と知識を担当する一団が控えている。

次に控えるのが地上の悪影響を避け、あるいは和らげ、危険なるものを追い払い、苦痛を軽減し、よき雰囲気を作ることを任務とせる二人の霊である。この二人にとりて抗し切れぬものはない。が、内向的罪悪への堕落は如何ともし難い。そこで霊界の悪の勢力――霊媒の心変わりを画策し聖なる使命を忘れさせんとする低級霊の誘惑より保護することを役目とする二人の霊が付いている。余の直属のこの四人を入れた七人で第一の小霊団(サークル)を構成する。われらの霊団は七人ずつのサークルより成り、各々一人の指揮官が六人を統率している。

第一のサークルは守護と啓発を担当する霊――霊団全体を統率し指揮することを任務とする霊より成る。

次のサークルは愛の霊のサークルである。すなわち神への愛である崇敬、同胞への愛である慈悲、そのほか優しさ、朗らかさ、哀れみ、情け、友情、愛情、こうした類のもの全てを配慮する。

次のサークル――これも同じく一人が六人を主宰している――は叡智を司る霊の集団である。直感、感識、反省、印象、推理、等々を担当する。直感的判断力を観察事実からの論理的判断力を指導する。叡智を吹き込み、且つ判断を誤らせんとする影響を排除する。

次のサークルは知識――人間についての知識、物事についての知識、人生についての知識――を授け、注意と比較判断、不測の事態の警告等を担当する。また霊媒の辿る困難きわまる地上生活を指導し、有益なる実際的知識を身につけさせ、直感的知恵を完成せしめる。これはドクターの指揮のもとに行なわれる。

その次に来るのが芸術、科学、文学、教養、詩歌、絵画、音楽、言語等を指揮するグループである。彼らは崇高にして知的な思念を吹き込み、上品さと優雅さとに溢れる言葉に触れさせる。美しきもの、芸術的なもの、洗練され教養溢れるものへ心を向けさせ、性格に詩的潤いを与え、気品あるものにする。

次の七人は愉快さとウィットとユーモアと愛想の良さ、それに楽しい会話を担当する。これが霊媒の性格に軽快なタッチを添える。すなわち社交上大切な生気溢るる明るさであり、これが日々の重々しき苦労より気分を開放する。愛想良き心優しき魅力ある霊たちである。

最後の霊団は物理的心霊現象を担当する霊たちである。高等なる霊的真理を広める上で是非必要とみた現象を演出する。指揮官代理であるレクターの保護監督のもとに、彼ら自身の厚生を兼ねてこの仕事に携わっている。霊媒ならびにわれら背後霊団との接触を通じて厚生への道を歩むのである。それぞれに原因は異なるが、いずれも地縛霊の類に属し、心霊現象の演出の仕事を通して浄化と向上の道を歩みつつある者たちである。

いずれのグループに属する霊も教えることによりて自ら学び、体験を与えることによりて自ら体験し、向上せしめることによりて自ら向上せんとしている。これは愛より発せられた仕事である。それはわれらの徳になると同時に、この霊媒の徳ともなり、そしてこの霊媒を通じて人類への福音をもたらすことになるのである。」

以上がインペレーター自身の霊言による霊団の説明であるが、「ステイントン・モーゼスの背後霊団」The Controls of Stainton Moses by A.W.Trethewyによると、この最高指揮官であるインペレーターの上に更にプリセプターと名のる総監督が控え、これが地球全体の経綸に当たる言わば地球の守護神の命令を直接受け取り、それがインペレーターに伝えられる、という仕組みになっていたようである。

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