スピリチュアリズム・トピックス

ホワイトハウスで“霊媒”に出会ったリンカーン

ニューズレター第30号

2005年3月号のツーワールズに、とても興味深い記事が載っていました。それを紹介します。

1809年に生まれたリンカーンは、共和党の第16代大統領として1861~65年の間、その務めを果たしました。彼は1864年に再選された翌年(南北戦争の終結直後)に暗殺されました。

リンカーンは、今でもアメリカの政治史上で最も優れた大統領の一人と見なされていますが、彼が定期的に交霊会に参加していたことは、スピリチュアリストの間でさえあまり知られていません。女性霊媒ネッティ・コルバーン・メイナードの書いた『アブラハム・リンカーンはスピリチュアリストだったのか』という本は長い間絶版となっていますが、その本の中には、彼女が霊媒を務めた大統領の参加したいくつかの交霊会の様子が詳しく述べられています。

以下、ネッティがホワイトハウスで行った二つの交霊会について紹介します。その交霊会には、二人の優れた霊媒も参加しています。先の交霊会には国会議員であったダニエル・E・サムズ氏、後の交霊会にはクランストン・ローリー夫人ネッティの説明によれば、彼女の夫のローリーは長年、郵政省の統計学者であった)が出席していました。


2月後半から3月の間、私(ネッティ)はリンカーン大統領夫妻と、何度も交霊会を開きました。普通、交霊会には大統領夫妻以外は参加することはありませんでした。また私が入神中に語った内容について知らされることもありませんでした。したがって交霊会での通信内容について語ることはできません。私がそこで体験したありのままの様子をお伝えすることしかできません。

交霊会は、あらかじめ時と場所を決めて開かれました。交霊会が終わると、リンカーン夫人が次回の交霊会の時と場所を指定し、私はそこに出向くことを約束します。約束の時間は大抵、昼の1時頃でした。大統領は普通30分から45分間、昼食会に参加されますそれが終わるのが、だいたいその時間なのです)


ある時、かなり重要な交霊会が開かれました。私がワシントンに戻った直後に、サムズ氏が私のところにやってきました。挨拶を交わした後、彼はある人物から、私を交霊会に連れてくるように頼まれたと述べました。それは極秘のことなので、詳しい内容についてはそれ以上述べることはできないとも言いました。私はいぶかしさを感じましたが、すぐに彼についていく支度を整えました。

用意された馬車に乗り込むと、彼は私に、自分達が向かっているのは“ホワイトハウス”であると告げました。そして彼がその日の午後、戦争省でリンカーンに会ったことを説明してくれました。

その日、サムズ氏が大統領に挨拶をして前を通り過ぎようとしたとき、リンカーンが彼を呼び止めて「コルバーン嬢はまだワシントンにいるのかね。もしいるのなら、夜に彼女をホワイトハウスに連れてくることはできないか?」と尋ねたそうです。サムズ氏が、「コルバーン嬢はまだワシントンにいるので連れてくることができます」と言うと、リンカーンは――「どうか彼女を8時か9時にホワイトハウスに連れてきてください。ただし、そのことはくれぐれも内々に……」と述べたということでした。


彼(サムズ氏)の話が終わらないうちに、私達は歴史の刻まれたホワイトハウスの玄関に到着しました。私達が来るのを待っていた使用人が、すばやくドアを開けました。私達は急いで中に入り、2階の大統領の執務室に向かいました。そこにはリンカーンと二人の紳士が私達を待っていました。

大統領は使用人に、部屋から出るように指示しました。そのすぐ後、リンカーン夫人が部屋に入ってきました。普段とは違った環境の中で私が緊張し過ぎないようにとの配慮から、わざわざ夫人を呼んでくださったのでした。

それから大統領は静かに私に――たぐいまれな、あなたの天与の才能(霊能)を私達に見せてください」と言いました。そして続けて――「あなたは何も怖がる必要はありません。ここにいる私の友人は、こうした交霊会に何度か参加したことがありますから……」と述べました。

リンカーンが友人と言った二人の紳士は、明らかに軍隊の将校でした。ズボンのストライプ(側線)からそれが分かりました。しかしあごまでボタンの付いたフロックコートが、彼らの階級を示す勲章やバッジを隠していました。

一人の紳士は本当に背が高くがっちりしていました。赤毛の髪と頬ひげを生やし、物腰はいかにも軍人風でした。もう一人の紳士は、平均的な背の高さでした。私の印象では、先の紳士よりは階級が低いと思われました。彼は薄茶色の髪と青い目をしており、動作がきびきびとしていました。会話の間、彼は無意識的にもう一人の紳士にチラッと視線を向けて同意を求めたり、同意を示していました。


私が入神状態に入るまでの数分間は皆、静かに座っていました。1時間後、私は意識を取り戻し、長いテーブルのそばに立っていました。そのテーブルの上には、アメリカ南部の大きな地図が置かれていました。私は自分の手の中に、鉛筆を握っていることに気がつきました。背の高い紳士はリンカーン大統領と一緒に私の脇に立って、地図の上に身をかがめて覗き込んでいました。若い方の紳士は、テーブルの反対側に立って熱心に私の方を見つめていました。

私はいくらか当惑して、まわりを見渡しました。そしてリンカーン夫人が、静かに部屋の片隅に席を移していたことを知りました。そのとき私は大統領が――「驚くべきことだ」とつぶやいたのを聞きました。「どうやって我々が計画したのと完全に一致したライン(戦線)をすべて引くことができたのだろうか」「その通りです」と年上の軍人が答えました。「まさに驚くべきことです」

交霊会の行われた部屋の様子

彼らは顔を上げました。そして私が覚醒したことに気がつきました。大統領は私の手から鉛筆を取り、私を椅子に座らせました。二人の軍人は、すぐに後ろの方に退きました。サムズ氏は私達の側に来て、大統領に尋ねました。「すべてに満足いただけましたか?」「完璧です」と大統領は微笑んで答え――「ネッティさんは、入神中には、ご自分の目を必要とされていないようにお見受けしましたが……」と言いました。それから会話は意識的に、日常のありふれた話題に向けられました私はそのように感じました)

その後、私がその場を去ろうとすると、大統領は低い声で――「当分の間、今回の交霊会については口外しないでください」と言いました。私達はいっさい他言しないことを大統領に約束し、帰途につきました。


サムズ氏は私に、「交霊会での“霊”からの第一声で、なぜ私(ネッティ)が大統領に呼ばれたか、その理由を通信霊はすでに知っていたことを、はっきりと確認することができました」と述べました。サムズ氏は、私(ネッティ)が誰の助けもなしにテーブルまで歩み寄り、鉛筆を手渡すように要求したと言いました。そしてその後、大統領はサムズ氏と夫人に、部屋の片隅に留まっているように言ったそうです。「その大統領の指示に従い(部屋の隅に留まり)ました」とサムズ氏は言いました。「私達はあなた(ネッティ)が地図の上にライン(線)を引くのを、全神経を傾けて見つめていました。一度、将校の一人が、あなたの持っていた鉛筆の芯を削りました」


私はこの交霊会の目的については全く知りませんでしたし、サムズ氏が何か他の通信内容について聞いていたのかどうかも分かりません。ただその交霊会には重要な意味があったということは想像がつきます。というのは、当時は何をするにしても、無意味な好奇心のために時間を費やすような状況下にはなかったからです。またリンカーン大統領は、ただ単に友人を楽しませるためのオカルト実演ショーに、自分の時間を費やすような人間でもなかったからです。

そのような普通ではありえない注目が、この私と重大な意味を持った地図に向けられていたことに気がついたときには、喜び以外の何物でもありませんでした。それが私の心に残った印象です。

もし、この交霊会が私の霊媒能力を試すためだけの実験であったなら、サムズ氏とリンカーン夫人も、テーブルのまわりに集まった人々の中に一緒にいたはずです。私は、自分の行った霊媒の役目が感謝をもって受け入れられたことを確信していますし、私の口を通じて示された霊的な導きが、彼らがすでに準備し終えていた計画を再確認させることになったことも確信しています。

この交霊会のように他の多くの交霊会でも、強力な霊的援助と導きによって、きわめて重要な国家的あるいは個人的な利益をもたらすことになりました。そして単なる人間の知識・情報だけでは到底不可能であるような結果を、成し遂げることになりました。


1863年1月のある朝、ローリー夫人が、リンカーン夫人を見舞うために一緒にホワイトハウスに行こうと熱心に誘ってくださいました。前日、ローリー夫人がリンカーン夫人を訪問したとき、夫人はひどい頭痛に悩まされ疲れ切っていたそうです。

私が訪問したのは11時頃でした。名前を告げ夫人に連絡を取ってもらうと、2階の彼女の部屋まで上がってくるように言われました。そこには大統領夫妻と一人の紳士と二人の婦人がいました。私はリンカーン夫妻から親切なもてなしを受け、ゲスト(客)を紹介されました。そのゲストの名前は知らされませんでしたが、彼らの視線から、私が霊媒であることはすでに伝えられていたことが分かりました。

私が霊媒の仕事についての説明を終えて退席しようとしたとき、リンカーン夫人が――「今から交霊会を開くことができますか?」と尋ねました。私は皆さんが期待していることに気がつき、それを喜んで引き受け、席に座り直しました。その瞬間、私の意識は失われ、30分後に目覚めました。同席者が感動の声を漏らしたのに気がつきました。私の意識が完全に戻ったとき、彼らは低い声で熱心にささやき合っていました。

人々の囁きは、大続領が重い腰を上げ――私は行かなければなりません。残念ですが、すでにだいぶ時間がオーバーしてしまいました」と言う声で遮られました。大統領は客と握手をしてから、私の方に向きを変え、温かい真心のこもった握手をしてくださいました。そして次のように言ってくださいました――「ネッティさん、私達の願いを聞いてくださってありがとう。私達はこの小さなサークル(交霊会)を心の底から楽しむことができました」

大統領が部屋を出ると、他の人々からも同様に感謝の言葉をかけていただきました。私がボンネットとショールを身につけようとしていると、大統領夫人が少し待つように言われました。夫人がベルを鳴らして使用人を呼ぶと、使用人がすぐに二つの美しいブーケを持って部屋に戻ってきました。夫人はその一つをローリー夫人に、もう一つを私にくださいました。それから私は、皆さんから握手攻めに会うことになりました。私は、彼ら上流社会の人々が友人や長年の知人に対するのと同じように歓迎されたのです。

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