死の間際の「お迎え」現象について、初の学術的調査

――“死に対する認識”、一歩前進となるか

インフォメーションNo.2

死を前にして、すでに亡くなった両親や友人、昔かわいがっていたペットが会いにきた、という「お迎え」の話は、多くの方が一度は耳にしたことがあると思います。この「お迎え」現象は、死後の世界があることを知っているスピリチュアリストにとって、ごく当たり前の出来事です。しかし、死や死後の世界についての事実を知らない人たちは、そうした現象をなかなか受け入れることはできません。ましてや、肉体の寿命を1分でも延ばすことだけを考えている医師たちは、単なる妄想や幻覚としかとらえていません。いくら患者や家族が「お迎え」の話をしても、これまではまじめに取りあってもらえないのが実情でした。

この不思議な現象である「お迎え」について、6月21日の読売新聞(夕刊)に“死亡前、鬼籍の親・仏ら「お迎え」……4割が体験”という見出しの記事が掲載され、さまざまな反響を呼んでいます。一般誌では『文藝春秋7月号』の特集「尊厳ある死」の中で取り上げられ、またNHKの“クローズアップ現代”(8月29日)では「天国からのお迎え――穏やかな看取りとは」と題して、調査をした医師やお迎え体験に立ち会った遺族へのインタビューなどが放送されました。

この調査は、文部科学省の研究助成金を得て、2002年から3回にわたって実施されたものです。2003年から2007年に行われた2次調査の詳細は、東京大学が出版している『死生学研究』に掲載されています。単なる調査報告ではなく、論文としてまとめられている点では日本で初めての学術的調査と言えるものとなっています。読売新聞には2011年の調査結果として簡単なデータが掲載されていますが、研究チームによると2011年の結果はまだ論文として公表しておらず、報告書の段階で報道されてしまったことに困惑しているとのことでした。)

この調査を提案したのは宮城県にある在宅ケアグループの理事長・岡部おかべたけし医師です。これまで2000人を超える患者を看取ってきた岡部医師は、死を前にした患者の多くが「お迎え」現象を体験することに注目しました。そして東北大学の文化社会学の専門家や社会調査士と協力して、調査を開始しました。宮城県や福島県の在宅ケアを利用した患者の遺族680人以上にアンケートを郵送し、そのうち366人の遺族から得た回答を分析した結果、約4割が「お迎え」現象を体験していました。さらに「お迎え」を体験した患者の9割が穏やかな最期を迎えたというのです。

現代医学は、人間を肉体だけの物質的な存在と見なしています。検査データなどの機械的な数値を人間の健康状態の指標とし客観性だけを追い求めてきた医学は、「お迎え」を脳の機能低下による意識障害ととらえ、ときには治療の対象とすることさえあります。しかし岡部医師は、「お迎え」という主観的現象を好意的に受け止め、「お迎えという、あの世とつながっているという感覚があれば、死への不安や恐怖は和らぐはず」「お迎えは最期の時期を穏やかに過ごすために、神から与えられたギフト」と語っています。「お迎え」は単なる幻覚ではなく、「死」への恐怖を和らげるための自然現象であり、従来の終末医療ではほとんど見落とされてきた「自然で穏やかな最期」をもたらしてくれるものとして、その重要性を指摘しています。

「死」の間際の不思議な体験といえば、立花隆氏の著書「臨死体験」が有名です。1994年に出版されたこの本は、当時たいへんな注目を集めました。立花氏は、「臨死体験」を生死の境目での特殊な体験とし、知的好奇心を出発点としてレポートしています。それに対して今回の調査は、多くの患者を看取ってきた終末医療での体験を踏まえ、「お迎え」を生から死に移行する際のプロセスの一つとしてとらえている点に大きな違いがあります。 岡部医師がスピリチュアリズムの霊魂説を容認しているかどうかは定かではありませんが、死の間際の患者が死者の姿を見たり声を聞いたりすることを、きわめてよいこととして前向きにとらえているところは高く評価できる点です。さらに、「お迎え」現象の後の患者や家族の「死」に対する意識の変化にまで着目していることは、立花氏の「臨死体験」より、一歩踏み込んだアプローチと言えます。

岡部医師は、2010年に自身のガンが見つかり、余命10か月と宣告されました。しかし現在も精力的に在宅緩和ケアを続け、さらに宗教的ケアを社会に定着させようと臨床宗教師の養成にも取り組んでいます。終末医療における宗教的ケアの重要性を訴える岡部医師の活動は、「死」から遠ざかろうとして過剰なほどの延命治療に力を注いできた現代医学に警鐘を鳴らすものです。そして、「死」を苦痛をともなう恐ろしい出来事と考えている多くの人々に、大きな意識転換を迫るものとなっています。

スピリチュアリズムからすれば、「お迎え」現象は単なる脳内作用ではなく、本人に死を自覚させるための霊界からの働きかけという深い意味があります。言うまでもなくそれは、人間は死後も霊魂として存在し続けることを意味しています。岡部医師は、スピリチュアリズムのように明確な霊魂観に立った見解を述べるまでには至っていませんが、それは医師としての立場上、やむをえないことと言えます。しかし、医師や研究者として「お迎え」現象を客観的に見るだけでなく、“霊魂があるかもしれない”という観点でさらに踏み込んだ見解を示すことができれば、「死」に対する考え方の飛躍が可能となります。

人間を肉体だけでなく心まで含めた全体的存在としてとらえようという動きは、ホリスティック医学の中に見られます。しかし現在のホリスティック医学は「霊を含めた総合的なケア」を提唱しながらも、具体的な内容を提示することができず、混乱状態の中で停滞しています。

私たちは、真の医学は「人間は肉体を携えた霊的存在である」というスピリチュアリズムの身体観に立って初めて成り立つものと考えています。今回の調査は、医学の中に“霊的要素”といった従来の宗教のテーマを導入する初の試みであり、スピリチュアリズムの霊的真理を土台とした本物のホリスティック医学に一歩近づく動きである、という思いを強く持ちました。岡部医師たちの一連の試みが、医師や医療関係者のみならず唯物主義に傾倒してきた多くの知識層に、「死」とそれにまつわるさまざまな問題を見つめ直すきっかけとなることを期待しています。

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